二つの封筒のディレンマと錯誤(3)

前々回前回の続き

2,3日でケリをつけようと思っていたのにだいぶかかってしまった。
今回書き上げてみたら驚くほど長くなってしまったけどそのままアップするので覚悟して読んでもらいたい。っていうかそんなに頑張って読みたい人はいるんだろうか。


まず問い自体は既知として、ここでなにがパラドックスなのかを整理してみる。


 パラドックス1:封筒Aが1万円だったとき、封筒Bの期待値は12500円か
 パラドックス2:パラドクス1が確かだとすれば、封筒Aの金額に関わら
ず封筒Bの期待値は封筒Aの1.25倍と考えてよいか
 パラドックス3:パラドクス2が確かだとすれば、封筒を一枚手にとって
から中身を変えずに交換するだけで平均して得られる金額は1.25倍になる。
これはなにかおかしくないか


また暗黙の了解として、封筒内の金額は完全にランダムであり、上限は無いものとする。


いきなり結論から行くと、パラドクス1に関しては、期待値は12500円となる。
これは封筒Aを開けたときの事後条件として封筒Bの中身は5000円または2万円に限定されるからだ。
ここまでは特に解説なしで納得してもらっていいだろうか。


次にパラドクス2だが、これも真である。
理由はパラドクス1と同様。
ここで面白いのは、封筒A、封筒Bのどちらから見てももう一方の封筒の中身は期待値として1.25倍だということだ。
実際にはこの1.25倍というのは、「もう片方の封筒の中身は0.5倍か2倍のいずれかですよ」ということを言っているだけであって、得られる金額そのものの期待値について言及しているわけではない。


そしてパラドクス3だが、封筒を取り替えることによって実際に個別の試行での期待値は1.25倍になる。
しかし、このゲームで得られる金額には影響しない。

1.25倍になるのに得られる金額は同じってやっぱり納得できない?
それについてこれから説明を試みる。


なぜパラドクス3のズレが起こるのか?
この直感とのズレは、封筒の中身に上限が無いという前提から来ている、と思う。
いきなりこのことを説明しても納得してもらえるかどうか自信が無いので、まず、封筒の中身に上限がある場合についての説明を試みる。


封筒の中身に上限がある場合。
まず便宜上、封筒の中身がX円と2X円である組み合わせを(X,2X)と書くことにする。
ただしXと2Xのどちらがどちらの封筒に入っているかはわからない。


 類題1:封筒の中身が(5000,10000)のとき、一枚目の封筒を開けた。2枚目の封筒と交換するほうがよいか。


 答え1:一枚目の封筒が5000だったら交換する。10000だったら交換しない。


なにを当たり前のことをと言われるかもしれないが、これはけっこう重要なことだ。
ちなみに一枚目の中身にかかわらず常に交換した場合、0.5倍になる場合と2倍になる場合が半々になる。
つまりこのケースでも常に交換することで平均的に交換しない場合の1.25倍の金額を得ることが出来る。
また、「常に交換する」または「常に交換しない」というストラテジーのいずれかを取った場合、期待値はどちらも7500円になる。
ここでも期待値が1.25倍になるということと実際に得られる金額の期待値に直接の関係は無い場合があるということは分かってもらえると思う。


じゃあもう少しだけ踏み込んでみることにする。


 類題2:封筒の中身が(5000,10000)または(10000,20000)のとき、一枚目の封筒を開けた。2枚目の封筒と交換するほうがよいか。


 答え2:一枚目の封筒が20000だったら交換しない。それ以外だったら交換する。


これについての説明は要らないと思う。
ここで「常に交換する」ストラテジーでは平均して得られる金額はやはり1.25倍になる。


ここで一気に一般化を行う。


 類題3:二つの封筒A,Bの中には(R,2R)と書かれた紙がそれぞれに入っている。
 ここでRは0を含まない正の実数で、2Rの上限はZであるとする。
 数字は点数であり、少しでも大きな点数を取りたい。
 封筒Aを取りそのままの点数をもらってもいい。
 また、封筒Aの中身を確かめ後で、封筒Bの封筒と交換してもいい。ただし交換したら元に戻せない。
 封筒は交換すべきか。


 答え3:一枚目の封筒の中身が2分のZ以下の時は交換する。それ以外はしない。


ここでお金という整数の範囲から実数に一般化したのは、「一枚目を開けたら奇数だった場合はこれは小さい金額の方の封筒に決まっているので絶対交換する」のような議論を避けるためだ。
実際にお金を賭けるような状況ではそのような視点は重要だと思うが、このパラドクスの本質はそこにはないと思うのでこのような一般化を行った。
上限の半分以下の時は2倍になるチャンスに賭けて交換する。2分の1の賭けに敗れてもペナルティは半分で済む。
このとき交換した場合に限って言えば、交換しなかったときの1.25倍のリターンが期待できて、実際に得られる金額の平均も1.25倍になる。
ここまではまだ直感の通りだと思う。


ではここでいよいよ、「類題3から上限の制限を取り除いただけで実際に得られる期待値が1.25倍にならなくなる」ということの説明に入る。

封筒の中身に上限が無い場合。


 類題4:二つの封筒A,Bの中には(R,2R)と書かれた紙がそれぞれに入っている。
 ここでRは0を含まない正の実数で、Rの範囲に上限は無い。
 (途中略)封筒は交換すべきか。


 答え4:交換しても変わらない。


納得が行かない人は類題2から類題3へと一般化してきて、そのまま上限をどんどん伸ばしていくことをイメージしているかもしれない。
上限が上がっていくにしたがって、「これ以下なら交換すべき」だという境目もどんどん上がっていく。
最終的に上限がなくなってしまえばこの境目も無くなって、常に交換するだけで1.25倍になると考えてしまう。
しかしこれはまったくの逆なのである。


理由はどこにあるのか。
少し単純化した次のゲームを考えてもらいたい。


 類題5:二つのゲームを考える
 ゲームA−封筒の中に誰か超越的な存在がまったく無作為に決めた正の実数がひとつ書いた紙が入っている。
 あなたは封筒を開き、書いてある数字があなたの点数になる
 ゲームB−封筒の中に誰か超越的な存在がまったく無作為に決めた正の実数がひとつ書いた紙が入っている。
 あなたは封筒を開き、書いてある数字の2倍があなたの点数になる
 上記の二つのゲームのどちらが得られる点数の期待値が大きいか


 答え5:どちらも同じ


ますます納得がいかなくなっただろうか。
なぜこの二つのゲームの期待値が同じになるのか。
それを理解するには、封筒の中身に書いてある数字の分布を考えてもらいたい。
上限の無い実数の範囲から完全に無作為にひとつの数字を選んだ場合、全ての実数とそれが選ばれる確率の関係は無限の彼方までフラットな水平線のようなグラフになる。
(実際には各実数が選ばれる確率は等しくゼロなのでこのようなグラフには意味が無いが、直感的な理解を助けるためだと思ってもらいたい)
では完全に無作為に選ばれた実数を2倍にしたものの分布はどうだろう。
もともと無作為に選ばれた実数が均一に分布しているとしたら、そえを2倍にした実数も均一に分布しているはずである。
ということはこの事実によって、「一回づつの試行で2倍の点数が得られること」と「このゲームそのものの期待値はどちらのゲームでも同じである」ということが矛盾しないことが分かる。
これはちょっと理解しにくい考え方かもしれないが、例えば連続体仮説について考えたことがある人は「整数と偶数は同じ数だけ存在する」というような話と同一線上に概念がうっすら見えてくるのではないかと期待する。
誤解を恐れずに非常に大雑把な言い方をすれば、「無限大までのどんな数値でも出る可能性があるという状況では、個別の試行が2倍になるかなどというのはささいな問題だ」と言ってしまってもおおむね本質をはずしてはいない。


では類題4に戻る。
類題5に納得してもらえた人にはすでに説明の必要な無いと思うが、一つ目の封筒に対して二つ目の封筒の中身は0.5倍または2倍なのである。
実際に平均を取っていけば、封筒Bの中身は封筒Aの1.25倍であるが、同時に封筒Aの中身も封筒Bの中身も完全に一様に正の実数上に存在していて、その分布には一切偏りの無いまったく同じ分布になっていることも理解してもらえるだろう。


以上のような理由で、二つの封筒のパラドックスの結論は
「封筒は無条件に常に交換するだけで1.25倍の期待値が得られるが、それは実際に得られる金額の期待値には影響しない」
ということになる。
少なくとも今回探した範囲内で同様のアプローチを行っている説明は見たことが無かったが、納得してもらえただろうか。
おそらく無限という概念になじみが無い人には理解しにくかったと思うし、そういう意味では「一見矛盾に見える状況を誰にでも分かるように説明したい」と考えた僕の当初のもくろみは達成できなかったような気がする。
まあでも2週間ほども頭を悩ませてきた問題が自分なりに納得のいく解決を見たので非常に喜ばしい。
今夜は久しぶりに安眠できそうだ。


[追記] 2004年10月29日 この件で訪問してくれる人がわりと多いみたいなので少し補足した


[追記] 2004年11月4日
トラックバックトラックバックを返すのは「お礼のトラックバック」みたいでちょっと妙な感じだけど、指摘されてる点がもっともなので少し追記させてもらってトラックバックさせてもらう。
この類題5の解説に関しては僕も「イメージが湧くような補助」という程度で考えていて、数学的に厳密な取り扱いについては考えていなかった。というか厳密に取り扱うだけの知識がありません(´ーU`)。厳密な取り扱いはさておき、Danielさんが言っているように『いたるところで確率ゼロだが積分すると1』という定義は可能だと思う。例えば0から1までの半直線上の一点を鉛筆で適当に指した場合にポイントされる一点は0から1までの任意の実数だが、各実数が指定される確率はゼロになる。また、「0から1までの実数」と「実数全体」のカーディナルはどちらもχ1*1なので同じような考え方で正の実数全体に無理なく拡張できるような気がするが、僕の能力の限界なのでもうあきらめます。すみません

*1:アレフ1と読む。無限の個数という程度の意味に捉えてもらえばいい。この場合は0から1までの実数の数と実数全体の数は同じだという程度の意味